さそ

文章を書くのが好きな女と30代の女がただただ書き連ねる練習広場

お父さんが死んだらしいので家庭裁判所に向かった

うちは母子家庭で、ずっとお父さんだと思っていた人がお父さんじゃない事を知らされたのは20歳ぐらいの頃。

 

お母さんに内緒で会いに行った時は29歳頃。ちょうど今ぐらいの夏でした。

家に突然訪問したので、お手伝いさんが出て、家じゃ気まづいからと、近くの喫茶店に行きました。ドトールだったと思います。

私はアイスココアを頼んで、お父さんらしき人はアイスコーヒー、ブラックで飲んでた気がします。

ぽつぽつとお母さんが1番好きでそのあと、誰とも付き合わなかったこと、私が生まれたあと母から電話があって、「引き取って欲しい」と連絡があり、すぐ準備して迎えに行こうと思ったら母から「来なくていい」という電話があったこと。(このエピソードは母からも聞いていた)

ロシア人の血が1/8確実に入ってるとのこと。

君と俺は顔がよく似てるねぇと言われたこと。

 

無口な人で余りしゃべらず、私はこの事は墓場まで持っていこうと決意しました。

 

それから5年後の夏、家庭裁判所からお父さんが亡くなったということで妹さんから呼び出しがあり、霞ヶ関に行くことに。

 

マジで霞ヶ関で迷って時間に余裕持って出たのに、5分前に到着という裁判所ギリ着。着いた瞬間に「さそちゃん?」と声をかけてくださって今までのお父さんの経緯や写真まで見せてくれました。

そのあとは家庭裁判所の流れに基づき、これは本人のものですか? この遺言書は本物ですか? などという質問があり、お父さんの字を知らなかった私は「わからないです」と答えたら「あのー、それではあれなので知らないということでもよろしいでしょうか?」と訂正され、裁判所~~~!!! などと高まりました。

 

 

手続きが終わったあと「お茶でもしませんか?」とのことで喫茶店を探すことに。

霞ヶ関には喫茶店がない! ということで、四ツ谷に出て喫茶店に入ることに。

ケーキセットを2人で頼んで、妹さんはクレームブリュレ、私ははちみつロールケーキを頼んで、お父さんのことやお母さんのこと。

お母さん側から聞いてた話とニュアンスが違う話もあり「やっぱりこういうのは片方から聞いた話じゃダメなんだな~」などと思い、「お母さんと全然性格が違うわね!」などと驚かれたり、妹さんが養女になったようなので、お姉さんが急に出来た事になりますね。

 

「今度息子と3人でご飯食べましょう」とお誘いを受け、フィナンシェとパウンドケーキのお土産をもらいました。

両方ともとても美味しかったです。

 

 

流れを話すとこんなもんなんですね。

お父さんの方に引き取られてたらまた別の人生があったんでしょうね。

でも私はお母さんに引き取られたので、そちらの人生をふにゃふにゃ生きます。

 

 

私の人生34年でいろんなことあったけど、特に話すことないなーと思ってお姉さんには話してません。

 

メールアドレスと電話番号を交換してまたね~と次会う約束をして、家路に着きました。

 

淡々と進んだなーって感じです。

 

 

人生色々ありますね。

 

BGM:EGO-WRAPPIN'/色彩のブルース